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2007/04/13
信長が決めた畳の大きさは1800×900?
カテゴリ: Tackmixのぼやき : 

執筆者: 畳のほりごめ (7:41 pm)
さて、2つ目の疑問。
2・それは1800mm×900mmだったのか?

これは、昨日のブログ記述で判るようにあり得ないだろうと思います。
掻い摘みますと、以下のようなことです。
・当時の建築基準の一間が6尺5寸であり、畳の大きさはそれ以前から6尺3寸(1910mm×955mm)である。ここで唐突に1800×900がでてくるのは不自然。
・その後の畳の大きさが、検地とともに小さくなっており、1800×900の地域も存在しない。
・どの時代を見ても、その大きさの畳が規格化された背景もない。

ということで、なんらかの理由が出てこない限り、このサイズで作らせたというのは無理があります。
もっとも、安土城は焼失しており、窺い知ることができるのは、文献だけでしょうが。

昨日の記載の通り、信長の差し出し検地で使われた一間が6尺5寸だったので
これが建築には大きな影響を与えたと思われるので、それが遠回しの「畳のサイズを指定した」
というのであったとしても、それが1800×900ではありません。

ただし、以下のようなことは起こりえたかも知れません。
例えば大広間の畳を考えてみましょう。

巾並び20列・丈並び15列の300畳の部屋があったとします。
(実際に、そのような部屋を信長が作らせたかどうかは判りません)
この時の部屋の大きさは、955mm×20 × 1910mm×15 となり
19100mm×28650mm という大広間になります。
ところが、この部屋に畳300枚で敷きつめるのではなく、巾・丈ともに1列ずつ増やして
21列×16列として、336畳の畳を入れたとしたら、どうなるでしょうか?
909.523mm×21 × 1790.625mm×16 という、畳で敷きつめられることになります。
この時に、信長が「戦の時に使う」と考えていたとして、
「955mm×1910mm では大きいので、909mm×1790mm としろ!」
と指定したことは有り得ると思われます。
そのような割り方は、現代でも多いものです。

このように、安土城などの設計の際に、その部屋の畳の大きさに注文をつけた
というのであれば、可能性がないとは言えません。
ただ、その大きさが、その後の建築に影響を与えるようなものではないのは明白です。
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